越後の産地を訪ねて(その2) — 丹精をこらした逸品 vol.10

(前回からの旅のつづき…)
さて、午後にお訪ねしたのは小河正義さんの工房。きもの青木でも度々着物や帯をご紹介してまいりました越後上布の名高い織元さんです。

伝統工芸士 原久史さん
過去に制作なさったたくさんの見本裂帳を拝見しながら、現在この小河織物さんを引き継ぐ伝統工芸士 原久史さんから、越後上布についてのお話を伺いました。
根を詰めた厳しい作業がひたすら続く越後上布。その制作の場で大きな責任を担う方の前で、初めは緊張気味の私たちでしたが、原さんの穏やかな笑顔、柔らかな物腰にすっかり和んでしまいました。
まず東京から持参した入荷したばかりの着物を広げましたところ、すぐに奥へと戻って行かれて、その着物に関する情報を確認してくださいました。
重要無形文化財の指定要件を満たした越後上布には、反端に割印の入った緑色の証紙や茶色の紙の証票、茶渋紙の栞が付いていますが、組合ではそれらの証紙の番号がきちんと管理されており、そこから織元や織り手、制作年代などがわかるようになっているとのこと。

こちらは平成4年の12月に織り上がったもので組合を通した作品ということ、当時とても人気が高く、色違いで何点もの制作依頼があったこと等々、あっという間に知りたかった情報を得ることができました。
トレーサビリティが云々されるずっと以前からのシステムに、一人一人の作り手さんが深い愛情を持って織り上げた品々への、自信と責任がひしひしと感じられますね。
惜しみなく見せてくださった数冊の見本裂帳には、まさしく垂涎の逸品ばかりが並んでおり、ページを捲るたびにため息が漏れてしまいます。そのうちの一点が呉服店さんの店頭に並んでいただけでも目が離せなくなりますのに、まさしく知恵熱が出てしまいそうな経験でした。
重要無形文化財に指定される着尺の反物の生産はこの10数年ほどは年間20反ほどで推移しているそうですが、見本帳にあるような複雑な絣を括ることができる職人さんは既に90歳とご高齢で、今後絣の柄ゆきはだんだんとシンプルなものへと移行する傾向とのことでした。やはりどの産地でも問題は織りの手前の糸の準備。とりわけ扱いの難しい手績みの苧麻糸は、績み手の高齢化が深刻ですね。
その後、塩沢織物工業協同組合/越後上布技術保存協会の研修センターに同行してくださり、越後上布の作業工程の一部を見学しました。

重要無形文化財 越後上布・小千谷縮布技術保存協会さんでは、機織り講習生を募集、年間100日間×5年間にわたる受講で、地機での機織りと準備工程など越後上布の制作工程を学ぶ研修生を育成なさっています。
こちらでは講師の先生、そして一年目、二年目の研修生の方からお話を伺うことができました。
越後の地に降りた途端、身体に触れるひんやりとした空気は、雪による十分な湿度を含んで、冷たいながらも肌や喉に優しい湿り気をたっぷりと運んでくれます。
この湿潤な空気が、乾燥に弱い苧麻の糸を優しく包むことで、さまざまな工程で糸を扱いやすくなると聞いておりましたが、実際に体感すると心から納得です。
そんな高湿度な環境でさえ、糸を績む際も機織りの際にも、水に浸し刷毛で糸を濡らしながらの慎重な作業が行われていました。


福島県昭和村で初夏から8月にかけて刈り取られた最高の品質の苧麻の繊維(青苧)が越後に渡り、苧績みと呼ばれる糸作り、機にかける準備までで既に年単位の時間を要する越後上布。
繊細な糸に適した張力の調整が利く地機にかけ、積雪によって湿度が70~75%を保たれる中で織り上げられるとのことですが、晴れた日や風がある日には糸が切れやすくなり、通常でも一日15cm織り進められるかどうか、順調に行って一反4ヶ月から1年ほどかかるとのこと。
知識として入っていたはずですが、携わる方からの言葉によって、この儚いまでに美しい布がいかに贅沢なものかを改めて実感いたしました。
越後上布 機織り・絣作りの研修生を募集しているそうです。
「越後上布 機織り・絣作り講習会」(←詳細はこちらに掲載されています。ご興味のある方はぜひ!)

撮影場所協力:世田谷美術館
多くの難しい課題を抱えながらも、制作に関わる方々の惜しみない努力と愛情によって護り続けられている越後上布。手に取り目にする機会も稀となってきていますが、今年もきもの青木では、冒頭の画像でもご紹介しております見事な逸品を始めとして、何点かの上布をご覧いただきます。(上記画像では八重山上布に越後上布の帯を合わせております)
どうぞお楽しみに!

ご案内をいただいている「やまだ織」代表取締役 保坂勉さんのおすすめで、お昼は名物の美味しいへぎ蕎麦をいただきました。
喉越しの良いへぎ蕎麦の食感は、つなぎに使われている布海苔によるものとのことですが、この布海苔、糸を強く滑り良くするために越後上布の工程に欠かせないもの。同じようにお蕎麦もツルツルに整えてくれるとは…
その地独特のものの繋がりに驚かされますね。
次回、「やまだ織」さんの工場見学に続きます…
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