越後の産地を訪ねて(その3) — 丹精をこらした逸品 vol.11

前回からの旅のつづき…)

雪晒しの現場から越後上布の織元さんへ、そして最後に訪問しましたのが、今回の各所の見学をアレンジしてくださった保坂勉さんが経営なさる、塩沢の株式会社やまだ織さんです。

皆さまもよくご存知の通り、「雪の中のきれ」などのブランドでよく知られ、きもの青木でも数多くご紹介してまいりました、着心地の良い上質な本塩沢や塩沢紬を生産なさっているメーカーさんですね。

塩沢御召の名でも親しまれている本塩沢の命は強撚糸。右撚り左撚り二種類の生糸を緯糸として交互に織り込み、織り上がった布を湯もみすることで特徴である細やかなしぼを生み出します。

経緯の絣を手作業で柄合わせすること、絣糸の染色方法、湯もみによるシボ出しなど幾つかの要件を満たしたものは、国の伝統的工芸品にも指定される織物で、程良い張りを備え、さらりとして肌に付かない爽やかな着心地が多くの方から長く愛され続けています。

早速、社屋内にて、機にかける前の工程である「糸繰」や「整経」、「板巻き」に「捺染」など様々な工程を順を追って見学、説明していただきました。

まず目に飛び込んできたのは、繊細な彩りで染め分けられた色見本のような絹糸たち。
数え切れないほどの色の糸を柔らかく組み合わせたほんのりとしたグラデーションは、やまだ織さんがお得意とするところでしたね。

板に巻いた緯糸に型紙を置き、糊を混ぜた染料をのせる糸染め「捺染」、美しい雪輪文が綺麗に写し取られていました。

こちらは細かな絣合わせを要する伝統的工芸品として織り上げられるのお品でしょうか。

織りの工程では糸や反物への影響を考えてカーテンで太陽光が遮断されており、室内灯の光のみで、お一人の織り手さんが作業をなさっていました。

今回は一部に動力が用いられた有杼織機が使われていましたが、杼を左右に走らせたり、筬を打ち込む動力は機械に任せ、絣合わせなどは全て手作業。立ちどまり、立ちどまり、ゆっくりと丁寧に織りあげられていました。他産地でも感じたことですが、大きな産地だからこそ可能な効率化が、少しでも購入しやすい価格を実現してくれることは、ユーザーとしてとてもありがたいことですね。

静かな社屋で、熟練の技術を持つ方々がそれぞれ、お一人で淡々とお仕事に向き合う姿がとても印象的でした。

株式会社やまだ織 代表取締役 保坂勉さん

実は保坂さん、他業種から飛び込んでいらした方で、お若くてフレッシュなお考えをお持ちです。
老舗のやまだ織さんが長年培っていらっしゃった技術を力に、新しい風を生み出す素敵なものづくりが楽しみですね。

株式会社やまだ織
〒949-6408 新潟県南魚沼市塩沢1507-1
電話:025-782-1124
メール:info@yamadaori.jp

やまだ織さんを出る頃には大分日も落ちてきて、北国のしんしんとした冷え込みが戻ってきたことを懐かしく思い出します。

今回は早朝出発の日帰り弾丸ツアーでしたが、全ての段取りを整えてくださった保坂さんを始め、産地の方々の温かくきめ細やかなご対応をいただき、日帰りとは思えない収穫を得ることができました。
各方面の皆さま、本当にありがとうございました!

9月に入り、少しずつ秋の気配が感じられる頃となりました。
さらさらとした肌触りの本塩沢の風合いがうれしい季節ですね。

本塩沢はバラエティの豊かさも魅力。

無地感覚のものでしたら、端正な表情がスーツのようなきちんと感を見せてくれますし、縞や格子はお洋服感覚でカジュアルにお楽しみいただけます。もちろん伝統的工芸品に指定されるような精緻な絣による美しい景色、また男物のような蚊絣や亀甲絣だけのものも魅力的ですね。

上質な生糸に強く撚りをかけて、湯もみでしぼを出す、という原点は同じですので、どのタイプをお選びいただいても軽く張りのあるさらさらとした質感は約束されています。

この秋の素敵な一枚を見つけていただけますように!

※2025年9月発行
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越後の産地を訪ねて(その2) — 丹精をこらした逸品 vol.10

前回からの旅のつづき…)

さて、午後にお訪ねしたのは小河正義さんの工房。きもの青木でも度々着物や帯をご紹介してまいりました越後上布の名高い織元さんです。

伝統工芸士 原久史さん

過去に制作なさったたくさんの見本裂帳を拝見しながら、現在この小河織物さんを引き継ぐ伝統工芸士 原久史さんから、越後上布についてのお話を伺いました。

根を詰めた厳しい作業がひたすら続く越後上布。その制作の場で大きな責任を担う方の前で、初めは緊張気味の私たちでしたが、原さんの穏やかな笑顔、柔らかな物腰にすっかり和んでしまいました。
まず東京から持参した入荷したばかりの着物を広げましたところ、すぐに奥へと戻って行かれて、その着物に関する情報を確認してくださいました。

重要無形文化財の指定要件を満たした越後上布には、反端に割印の入った緑色の証紙や茶色の紙の証票、茶渋紙の栞が付いていますが、組合ではそれらの証紙の番号がきちんと管理されており、そこから織元や織り手、制作年代などがわかるようになっているとのこと。

こちらは平成4年の12月に織り上がったもので組合を通した作品ということ、当時とても人気が高く、色違いで何点もの制作依頼があったこと等々、あっという間に知りたかった情報を得ることができました。

トレーサビリティが云々されるずっと以前からのシステムに、一人一人の作り手さんが深い愛情を持って織り上げた品々への、自信と責任がひしひしと感じられますね。

惜しみなく見せてくださった数冊の見本裂帳には、まさしく垂涎の逸品ばかりが並んでおり、ページを捲るたびにため息が漏れてしまいます。そのうちの一点が呉服店さんの店頭に並んでいただけでも目が離せなくなりますのに、まさしく知恵熱が出てしまいそうな経験でした。

重要無形文化財に指定される着尺の反物の生産はこの10数年ほどは年間20反ほどで推移しているそうですが、見本帳にあるような複雑な絣を括ることができる職人さんは既に90歳とご高齢で、今後絣の柄ゆきはだんだんとシンプルなものへと移行する傾向とのことでした。やはりどの産地でも問題は織りの手前の糸の準備。とりわけ扱いの難しい手績みの苧麻糸は、績み手の高齢化が深刻ですね。

その後、塩沢織物工業協同組合/越後上布技術保存協会の研修センターに同行してくださり、越後上布の作業工程の一部を見学しました。

重要無形文化財 越後上布・小千谷縮布技術保存協会さんでは、機織り講習生を募集、年間100日間×5年間にわたる受講で、地機での機織りと準備工程など越後上布の制作工程を学ぶ研修生を育成なさっています。

こちらでは講師の先生、そして一年目、二年目の研修生の方からお話を伺うことができました。

越後の地に降りた途端、身体に触れるひんやりとした空気は、雪による十分な湿度を含んで、冷たいながらも肌や喉に優しい湿り気をたっぷりと運んでくれます。
この湿潤な空気が、乾燥に弱い苧麻の糸を優しく包むことで、さまざまな工程で糸を扱いやすくなると聞いておりましたが、実際に体感すると心から納得です。

そんな高湿度な環境でさえ、糸を績む際も機織りの際にも、水に浸し刷毛で糸を濡らしながらの慎重な作業が行われていました。

福島県昭和村で初夏から8月にかけて刈り取られた最高の品質の苧麻の繊維(青苧)が越後に渡り、苧績みと呼ばれる糸作り、機にかける準備までで既に年単位の時間を要する越後上布。
繊細な糸に適した張力の調整が利く地機にかけ、積雪によって湿度が70~75%を保たれる中で織り上げられるとのことですが、晴れた日や風がある日には糸が切れやすくなり、通常でも一日15cm織り進められるかどうか、順調に行って一反4ヶ月から1年ほどかかるとのこと。
知識として入っていたはずですが、携わる方からの言葉によって、この儚いまでに美しい布がいかに贅沢なものかを改めて実感いたしました。

越後上布 機織り・絣作りの研修生を募集しているそうです。

越後上布 機織り・絣作り講習会」(←詳細はこちらに掲載されています。ご興味のある方はぜひ!)

撮影場所協力:世田谷美術館

多くの難しい課題を抱えながらも、制作に関わる方々の惜しみない努力と愛情によって護り続けられている越後上布。手に取り目にする機会も稀となってきていますが、今年もきもの青木では、冒頭の画像でもご紹介しております見事な逸品を始めとして、何点かの上布をご覧いただきます。(上記画像では八重山上布に越後上布の帯を合わせております)
どうぞお楽しみに!

ご案内をいただいている「やまだ織」代表取締役 保坂勉さんのおすすめで、お昼は名物の美味しいへぎ蕎麦をいただきました。

喉越しの良いへぎ蕎麦の食感は、つなぎに使われている布海苔によるものとのことですが、この布海苔、糸を強く滑り良くするために越後上布の工程に欠かせないもの。同じようにお蕎麦もツルツルに整えてくれるとは…
その地独特のものの繋がりに驚かされますね。

次回、「やまだ織」さんの工場見学に続きます…

※2025年6月発行
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越後の産地を訪ねて(その1) — 丹精をこらした逸品 vol.9

さる3月某日、銀座きもの青木 スタッフ数名で、塩沢や十日町の産地を巡ってまいりました。

越後といえば皆さまご存知の通り「越後上布の雪晒し」。早春の頃の風物詩となるくらいに有名ですね。今年はきもの青木でも何枚かの上布のお手入れをお願いしていることもあり、ちょうど良い機会と見学をさせていただくことになりました。

季節外れの荒天がようやく落ち着いた日を狙って、朝7時過ぎの上越新幹線に乗り込み東京を出発しました。

越後湯沢でほくほく線という可愛い2両編成の列車に乗り換えて、いざ十日町へと向かいます。

「雪国」の冒頭のごとく、谷川連峰をくぐる長いトンネルを抜けた先は一面の雪景色

十日町駅にて、今日一日お世話になる「やまだ織」代表取締役 保坂勉さんと合流、地層のように幾重にも積み重なっている道路脇の積雪を眺めながら、まずは雪晒しの現場に。

すでに30枚ほどの美しい上布の反物たちが、真っ白な雪の上に並べられていました。

里帰りの越後上布だけでなく沖縄の八重山上布や宮古上布も何枚も含まれており、随分と古いものもあるようでしたが、皆きらきらと輝く雪と同じほどの白さを取り戻しています。

きもの青木からお願いしたお品には、反端に小さく「青木」と記載されています。

試しにと勧められて、二人で両端を持って持ち上げれば、たっぷりと水分を含んだ反物のずっしりとした重みが伝わってきます。

湿度の高い澄み切った空気や雪の冷たさ、春めいてきた光の柔らかさに、日頃眠っていた五感が目覚めてくるよう。以前より画像では何度も見たはずですが、実際にその場に立ってみれば、初めて出会った景色のように新鮮です。

次に今回最初の訪問先である、シルクワークさんの工場内へ。

長く染織品の一大産地である十日町で「仕上げ」や「整理」と呼ばれる工程を引き受けていらっしゃるシルクワークさん。こちらでは絹ものの様々な作業工程を説明いただきました。

十日町は早くから工業化が進み、効率の良い仕事がなされていたそうですが、様々な大きな機械が動き、潤沢な水が流れる中、白生地の精錬から糸染め、湯のしや友禅流しなど多岐に亘る作業が黙々と行われていました。

絹もののお手入れにつきましては、地域毎の特性はさほど大きくないのではと想像しますが、麻については雪晒しを含め、古来から麻を知り尽くした産地ならではの知見があるのではとお話を伺いました。

説明してくださったのは、株式会社シルクワークの代表取締役を務める蕪木義男さん。

この書に学びました、とバラバラになるほどに読み込まれた3冊の分厚い長津勝治さんの著作をバイブルとして、80歳を超えるご年齢の現在に至るまでたゆみない努力を続けられ、染色関連の知識を積み上げていらっしゃいます。

株式会社シルクワーク代表 蕪木義男さん

こちらのお着物は、お手入れで真っ白に生き返った千葉あやのさんの作品です。

気候がどんどんと変化してゆく現代。例えば昨年は雪不足のため、雪晒しに必要な条件が揃わなかったとのこと。また後継者の問題もあり、今後はどのようなかたちでの対処が考えられているのかを、お尋ねしたいと思いました。

かつてのように雪晒しを専門になさる方がいらっしゃらなくなりましたが、重要無形文化財の指定要件として「雪晒し」が入っている以上は、この工程が消えてしまうことは考えられません。文化財の越後上布を生産していらっしゃる幾つかの工房でこの技術を維持なさっていることと思いますが、規模として縮小している現状、リユースの着物を扱っている私たちにとっては、今後の上布のお手入れはどうなっていくのか、という心配がありました

そんな折に入ってきた情報が、長く「上布のお手入れ」の研究をなさっている蕪木さんのことでした。

古来より麻の産地として栄えた地として、蓄積された知識、研究された科学的な資料を元に長年の試行錯誤の末、麻に最適な方法を編み出されたとのこと。3日間、弱アルカリ性の溶液に布を漬け込むことで自然に不純物が溶け出すのを待ち、最終的な仕上げとして短時間の雪晒しを行なうことで大きな成果を挙げていらっしゃいます。

よく晴れた午前中に雪に晒し、午後には取り込んで水洗いするという作業を一週間繰り返す従来の雪晒しのように、積雪量や天候に大きく左右されないこと、また全体を溶液に浸す方法ですので、絹ものの生き洗いと同様、反物のかたちに戻さなくてもお手入れが可能ということも、ユーザーとしてはうれしい利点ですね。

シルクワークさんでは、呉服屋さんや業者さんを通さず、一般の方からの直接の依頼にも対応くださるそうです。

越後上布に限らず、八重山上布や宮古上布など各産地の上布も集まってきていましたので、お手持ちの麻のお着物のお手入れにお悩みの方は、どうぞご連絡してみてくださいませ。

染織の一大産地である十日町で長くお仕事をなさっていらした会社です。麻に限らず、絹物の困りごとなどもご相談なさってみてはいかがでしょうか。

※ご連絡先は下記の通りです。

株式会社 シルクワーク

〒948-0046
新潟県十日町市明石町8番地
電話:025-757-1135

夏衣としてはこの上ない特性を備えた贅沢な着物…薄く繊細な表情ですが、本来麻は堅牢で水と親しい素材ですので、簡単なお手入れはお家でなさる方が多いかとは存じますが、シーズン後の洗いや黄ばみなど、いざという時に頼れる場所がありますと、より安心してお召しいただけますね。暑さ厳しい日本の夏、ぜひ上布を活躍させてくださいませ。

旅の続きは、次回に…

※2025年5月発行
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名前を持った紬 — 丹精をこらした逸品 vol.8

今回は〈紬〉を取り上げてみたいと思います。養蚕の際には、二頭の蚕によって一つの繭がつくられた「玉繭」や、穴ができていたり汚れが付いている「屑繭」など、商品にならない繭が必ず一定数生じます。機械による工程に適さないこのような繭は、農家が自家用に座繰りの玉糸や真綿紬糸の原料として利用していました。糸に負担のかからない手作業で引き出すがために、玉繭から生まれる玉糸も真綿から生まれる真綿紬糸もたっぷりと空気を含み、その糸を用いた織物は丈夫で着心地良い着物として愛されてきました。
紬織物が盛んな地は、かつては養蚕業の産地であったことが殆どです。全国に散らばっていた自家製の無名の紬が洗練され、とりわけ評判の高かった品が人々から求められ、淘汰され…そして今、私たちが手に取る上質な紬はみな、名前を持っています。いまや特別な憧れと共にその名を呼ばれる紬、今回はそんな素敵な織りの着物に注目してみました。

現代の紬は、糸遣いもいろいろ

養蚕農家の方が自家用に織った布を原点とする紬。当時は糸取りから染め、織りにいたる全てがその家の女性の手作業であったと思われますが、現代の紬織物はその工程を部分的に簡略にしています。例外的に昔ながらの工程を踏襲、一切の動力を使わずに手でつむぎ ぎだした「真綿手紬糸」を経緯に用い、原始的な地機で製織する本場結城紬は、その技術が国の重要無形文化財に指定されていますね。 作家作品など一部の特殊な紬を除き、他産地が用いるのは良く似た呼称の「真綿手紡糸」。糸車などの道具や一部に電動の器具を用いることで作業効率を上げ、また製織もより生産性の高い高機によるものが殆どとなっています。 例えば伝統的工芸品の指定要件も、使用する糸については生糸・玉糸・真綿のつむぎ糸から選ぶ等、同じ産地のものでも幅があります が、代表的な紬は主に下記のような糸を用いています。
  • 本場結城紬・・・器械を使わず、撚りをかけずに手で引き出した「真綿手紬糸」を経緯に用いる。
  • 郡上紬・・・経糸には玉繭から引いた玉糸、緯糸には品質の高い春繭の真綿手つむぎ糸を用いる。
  • 塩沢紬・・・経糸に生糸や玉糸を用い、緯糸に真綿の手つむぎ糸を用いる。
  • 小千谷紬・・・経糸には玉糸または真綿の手つむぎ糸、緯糸に真綿の手つむぎ糸を用いる。
  • 信州紬・・・経糸には生糸 (山繭糸を含む)・玉糸または真綿の手つむぎ糸、
  •                緯糸には玉糸または真綿の手つむぎ糸を用いる。
  • 牛首紬・・・経糸には生糸・緯糸にはのべ引き (座繰り)で引いた玉糸を用いる。
  • 黄八丈・・・経緯の糸に生糸を用いる。(例外的に玉糸や真綿つむぎ糸も用いる)
  • 大島紬・・・経緯の糸に生糸を用いる。

指定要件とされている「真綿の手つむぎ糸」は基本的には「真綿手紡糸」ですので、「本場結城紬」の糸がいかに特殊で贅沢なものか、がはっきりとおわかり頂けるかと思います。 牛首紬や黄八丈、大島紬などは正確には「紬糸」を用いていませんが、かつては紬糸を用いた歴史がある場合や、先染めの織物である等々の理由から広義に解釈して「紬織」に入れられています。

きもの青木がおすすめしたい 紬

[ 本場結城紬 ] 産地:茨城県結城市・栃木県小山市を中心とする地域

殆ど撚りをかけずに真綿から引き出した糸を糊の力で地機にかけ、糸に負担を掛けずに織り上げられる本場結城紬。 機から下ろして糊を抜けば真綿そのもののふっくらとした柔らかさを取り戻します。長く着込み、洗い張りを重ねることで経緯の真綿の毛羽が絡まり合い、良く言われるように「真綿に戻ってゆく」そんな素晴らしい風合いをお楽しみ頂けます。

国指定重要無形文化財の要件としては「真綿手紬糸を用いる」「手括りによる絣」「地機による製織」が指定されています。

現在本場結城紬の地機の証紙が添付されているお品で、濃地に淡色の絣の場合には上記3つの要件全てが含まれますが、淡地に濃色の絣の場合には「手括り」のかわりに「直接染色」(捺染等)の技術が用いられています。厳密に言うならば要件の1つが外れることとなりますが、人気の高い淡色地の絣を手括りで作るのは、手間や技術・価格面でも現実的ではありません。作り手の方に伺えば、手括りも捺染も非常に神経を使う作業であることは同じ。絣模様でなければ、縞や無地も要件を満たす訳ですから、諸事情から本結城の産地が証紙から「重要無形文化財」の表示を外した件については、いろいろ考えさせられてしまいます。
着回しの良い無地や、帯合わせがし易いすっきりとした飛び柄が主流となっている現在の本場結城紬、最近では総柄のお品は目にすることが少なくなってきました。作り手さんのお話でも手の掛かる総柄は今後殆ど生産ができないとのことです。きもの青木では、総柄の100亀甲など昔ながらのどっしりと風格のある本結城のご紹介にも力を入れています。選りすぐりの色柄は、きっと歳を重ねる毎に愛着の増す一枚になることと思います。お目にとまりましたら、ぜひお手に取ってご覧くださいませ。

[ 郡上紬 ] 産地:岐阜県郡上市

経糸は玉繭から引いた節のある玉糸を、緯糸には選び抜いた春繭の本真綿から手でつむいだ糸を用い、草木で丹念に染め、高機で織り上げる郡上紬。かつては自家用の織物とされていたその土地の織りをもとに、紬織の人間国宝・故 宗廣力三さんが、様々な試行錯誤、大変な苦労を重ねて育て上げた贅沢な紬です。
「自家用」であった紬の原点を見据え、一見素朴ながらこの上なく丁寧な仕事が積み重ねられた布。美しい彩りのグラデーションを生かした縞や格子・横段の景色は、無作為のようにみえて綿密な色の計算によって生み出されています。着物を広げれば毛羽がぱちぱちと小さな音を立てる、真綿独特の軽くふくよかな質感。陽の光を受けた途端に輝きはじめる、澄んだ彩りの競演。厳寒期にこそ力を発揮する、たっぷりと空気を含んだ糸の暖かさ。一つ一つの工程にしっかりと手を掛けられたお品ならではの確かなちからが、着る人の心を満たしてくれることと思います。 郡上紬は、人間国宝作家としての宗廣力三さんご本人としての作品とはまた別個の素晴らしい業績です。こちらの工房でも近年生産が激減しているとのこと、寂しさが募るこの頃です。

[ 浦野理一さんの紬 ]

日本各地の伝統的な染織技法やその歴史についての深い理解をもとに、吟味された素材と妥協のない仕事によって、その一つ一つを最高のかたちで再現なさった染織家・浦野理一さん。その美意識と共に工房を引き継いだ範雄さんも既に制作を終えて久しいですが、衣装担当として親交が深かった小津安二郎さんの映画と共に、今も色褪せぬ魅力で多くの方を魅了していますね。
紅型や藍の型染め・辻が花や小袖など染めの作品の数々も大変素晴らしいものですが、やはり瓢箪糸と呼ばれる大きな節のある手引きの真綿糸を経糸にも用いる経節紬の着物や帯は、個人的にもとても印象深い作品。何十年も前にミセスの誌面や多くの書籍で何度も眺めた品々は、今手に取ってみてもとても新鮮です。きもの青木でも長い間数多くの品々をご紹介してまいりましたが、どれもみな手放し難い魅力に悩まされました。 浦野さんの紬は、無地であったり縞・格子や絣、先染めのもの後染めのものなど様々ですが、例えば本来の素材は木綿であったり生糸であったりしたものを真綿糸でより美しく表現されたものも見かけます。浦野さんの一貫した持論は「心のこもった良いもの、はやりすたりのないものを作る」とのこと。平易な言葉のようですが、誰よりも厳しいご自身の眼に適うものづくりで、この論を通す難しさはいかほどかと思いますが、年月を経て、その意思が確かに実現されていることに驚かされますね。年を追う毎に、浦野さんの紬をご紹介する機会も少なくなってまいりましたが、状態の良いお品を選んでおります。これはという出会いがございましたら、ぜひ長いお付き合いをお楽しみ下さいませ。

[ ざざんざ織 / 伊兵衛織 ] 産地:静岡県浜松市

静岡県浜松市の工房・あかね屋さんで製織されている「ざざんざ織」は、柳宗悦の民藝運動に共鳴した平松實さんの創作に始まる工芸色豊かな絹織物です。一般的な紬織用の糸の4倍程の太さに撚り合わせた極太の玉糸を草木で染め、手機で織り上げる布は、どっしりとして厚手ながらしなやかで嵩張らず、また皺になり難い独特の布味は袷時期にも単衣仕立てで充分暖かくお召し頂ける、頼り甲斐のある着物です。
ルーツを同じくする浜松市の旧家・高林家で織られる「伊兵衛織」も用の美と共にモダンな洗練を併せ持つ個性豊かな織物で、多くの方に愛されてきましたが、作り手の求める国産の玉糸の供給が途絶えたことから先年その歴史に幕を下ろしました。 玉繭は全ての繭の総数の2~3%の割合と言われており、また現在、国産の繭の生産量は1%弱。99%以上が輸入に頼っています。この数字を見るだけでも、国産の玉繭から引いた玉糸を用いることがどれほど困難であったかが良くわかりますね。
玉繭からの繰糸は自動化が難しく、例えば加藤改石さんの牛首紬の「のべ引き」による糸も、芝崎重一さんがお使いの赤城の「座繰り」による糸も、一度に60~70個ほどの繭を熟練の技術によって一気に引き出したもの。ほとんど撚りを掛けずにたっぷりと空気を含んだ糸を使用しています。ざざんざ織や伊兵衛織も同様に、熟練の技術で糸に負担を掛けず、ゆっくりと引いた糸を用いることで、このようなふくよかで贅沢な着心地が生まれているのですね。 仕立て後にほんの僅か残されていた伊兵衛織の余り布を取り出してみれば、その端からは極太の甘撚りの艶やかな糸端が沢山出ています。一般的な紬の4倍といえば、経糸緯糸それぞれ大変な本数の玉糸がふんわりと寄り添ったもの。風合いはもちろんのこと糸そのものの光沢も見事です。無地であったり、縞や格子であったり…選び抜かれたお色で構成された景色はとてもシンプル。普段のお出かけに気軽にお召し頂けるカジュアルさを備えながらも、真摯な仕事が重ねられたお品ならではの迫力が、着手に心地良い緊張感を与えてくれますね。
こうして眺めてみますと、同じ絹であっても「糸」というものの在り方がいかに重要であるかをしみじみと実感いたします。 時間をかけて繭から引き出した貴重な糸、そして手間を惜しまぬ誠実な仕事から生まれた「名前を持った紬」。長いときを共に過ごしたいと思う特別な一枚に、ぜひ巡り会って頂きたく思います。
きもの青木 で扱っている紬(セレクション)の品々は、こちらからご覧いただけます。

※2018年11月発行
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芭蕉布 を着こなす — 丹精をこらした逸品 vol.7

上質な糸をとるために丹精込めて糸芭蕉を育て、皮を剥ぎ、糸を績み…全て手作業による数多くの工程を経て、芭蕉は布のかたちとなります。また一反の着物を織るためには、糸がとれるようになるまでに2~3年かかる糸芭蕉を200本要します。気の遠くなるような時間と労働の積み重ねを人に課す布ですが、織り上がり衣となったその時から、夏衣としてこの上ない特性で人を護り続けます。戦後荒廃した芭蕉布づくりでしたが、人間国宝 平良敏子さんが人生を賭した芭蕉布復興の歩みは良く知られるところですね。国の重要無形文化財にも指定される沖縄の至宝、その力強い美しさをぜひご覧下さいませ。

強い張りとひんやりとした手触りを楽しみながら、芭蕉布を着こなす。
それは着物を愛する方にとって、一つの到達点かもしれません。

【着物1929】

テーチ(車輪梅)の縞絣に藍の緯絣を重ねた端正な幾何文様の着物

【着物1922】

トゥイグワー(小鳥) とターチヒキサギーを段に配した着物、卓越した絣技が冴える一枚です

【着物1904】

経縞に絣を絡めたシンプルな綾中柄は、力強い縞に愛らしい絣が好バランス

【着物1560】

ふんわりと優しい風合いに糸質の良さが際立つ、トーニーハナアーシー柄の反物です

着物はちょっと上級者向きかしら、と思われる方も
帯でしたら気軽に芭蕉布の魅力を楽しんで頂けますね。

土の香りがするような、素朴な絣柄に心和む名古屋帯です。

元気に飛び交う小鳥の姿を絣にかえた大らかなトゥイグワー柄の名古屋帯。

太い横段の間においた幾何文様。素朴ながら布の個性が装いに力を与えます。

沖縄の豊富な植物染料を用い、細やかな花織りを取り入れることで美しさに洗練を得た八寸名古屋帯。涼しさも抜群です。

野趣豊かな地風に、素朴な緯絣の幾何文が手しごとの優しい温かみを伝えます。

シンプルなロートン織、爽やかな淡彩、やや太めの糸遣い。喜如嘉とはまた少し趣きを異にする桶川米子さんの芭蕉布です。

芭蕉布は、先回の宮古上布などと同様に希少価値の高い染織品の代表格です。近年の喜如嘉の芭蕉布の生産反数は130反とのことですが、着尺のみとなれば更に反数は限られます。青木でご紹介しております芭蕉布はリユースではございますが状態や糸質、お柄をしっかりと吟味いたしております。今年はとりわけ素晴らしいお品が入荷いたしました。ぜひこの機会にお手に取って頂きたく思います。

青木では様々なタイプのお品を比較しながらご覧頂くことができます。 こちらからもチェックしてみてくださいね。

※2017年7月発行
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宮古上布 深い琉球藍の気品 — 丹精をこらした逸品 vol.6

先回ご紹介した八重山上布と同様に、薩摩藩の貢納布制度によって厳しく管理された過酷な歴史を経て、洗練を極めた布として今に伝えられる宮古上布。温暖な島の気候を利用し苧麻を育て、糸を績み、締機で絣を締め、琉球藍で染める。経緯共に手績みによる極細の糸を用い、乾燥に弱く切れやすい糸を調整しながら点のような精緻な絣を合わせ、織り上げる。更に澱粉糊で糊付けをし、木槌で丁寧に砧打ちを行う。どの工程も気を抜くことのできない恐ろしく難儀な仕事の連続ですが、惜しみ無く費やされた手間や時間の結晶はやはり、圧倒的な美しさで見るものを魅了します。

宮古上布の真骨頂、気品香る精緻な絣

【着物1911】

絣の技、織りの技が存分に発揮された宮古ならではの迫力ある逸品

【着物1874】

蝋引きしたような、と形容される砧打ちの光沢がエレガント。宮古の紺上布の王道をゆく一枚です。

【着物1574】

手で描いたような滑らかな描線が全て、点絣の地抜きで表現されています。究極の細やかさだからこそ可能な表現ですね。

【着物1256】

アンティークを思わせる大胆で複雑な文様も、狂いの無い点絣の地抜きで見事に表現。

シンプルな幾何文はより身近な印象

【着物1871】

宮古ならではの点絣を綺麗に並べた立涌文。上記の宮古の面々に比べると、ちょっぴりカジュアルな雰囲気が親しみ易い一枚です。

【着物1603】

数え切れないほどの点絣で松皮菱を表現しています。宮古らしい技術を駆使しながらも、すっきりとした幾何文がモダンです。

宮古上布の最盛期は大正期から昭和初期

アンティークと呼ばれる宮古上布には、今では見られない大胆な意匠や可愛らしいモチーフが見られます。本来とても丈夫な苧麻素材。まだまだ現役で頑張れます!

日本工芸会 正会員 新里玲子さんの作品も揃っています♪

紺上布のみを追究していた従来の宮古上布の作風から離れ、琉球王朝の頃に存在した色とりどりの上布を蘇らせた、日本工芸会正会員の新里玲子さんの作品たちです。上質な苧麻糸にのせた清澄な彩りやモダンな表現によって、宮古上布に新たな可能性が広がりました。
手績みの苧麻糸を用いたひんやりとしてしゃり感のある九寸帯。芯が入りますので夏の初めの単衣時期から夏を通してお使い頂けます。

経緯手績みの糸を用いる宮古上布。その貴重な技術は国の重要無形文化財にも指定されています。 手機で丹念に織り上げられた最高の糸が運ぶひんやりとした蝕感、ふわりとした心地良い張り、全てに酷暑から着る人を守る知恵が詰まっています。 上布の女王と呼ばれるに相応しいエレガントな夏衣、そのかけがえのない美しさにも拘わらず、経緯手績みの上布は年々大幅に生産が減少し、存続が難しくなっている染織品の代表格です。どうぞ身に纏い、街を歩き、このような布が今なお私たちの前に在る幸せをご実感下さいませ。

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※2017年7月発行
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