越後の産地を訪ねて(その1) — 丹精をこらした逸品 vol.9

さる3月某日、銀座きもの青木 スタッフ数名で、塩沢や十日町の産地を巡ってまいりました。
越後といえば皆さまご存知の通り「越後上布の雪晒し」。早春の頃の風物詩となるくらいに有名ですね。今年はきもの青木でも何枚かの上布のお手入れをお願いしていることもあり、ちょうど良い機会と見学をさせていただくことになりました。
季節外れの荒天がようやく落ち着いた日を狙って、朝7時過ぎの上越新幹線に乗り込み東京を出発しました。
越後湯沢でほくほく線という可愛い2両編成の列車に乗り換えて、いざ十日町へと向かいます。


「雪国」の冒頭のごとく、谷川連峰をくぐる長いトンネルを抜けた先は一面の雪景色
十日町駅にて、今日一日お世話になる「やまだ織」代表取締役 保坂勉さんと合流、地層のように幾重にも積み重なっている道路脇の積雪を眺めながら、まずは雪晒しの現場に。

すでに30枚ほどの美しい上布の反物たちが、真っ白な雪の上に並べられていました。
里帰りの越後上布だけでなく沖縄の八重山上布や宮古上布も何枚も含まれており、随分と古いものもあるようでしたが、皆きらきらと輝く雪と同じほどの白さを取り戻しています。

きもの青木からお願いしたお品には、反端に小さく「青木」と記載されています。
試しにと勧められて、二人で両端を持って持ち上げれば、たっぷりと水分を含んだ反物のずっしりとした重みが伝わってきます。
湿度の高い澄み切った空気や雪の冷たさ、春めいてきた光の柔らかさに、日頃眠っていた五感が目覚めてくるよう。以前より画像では何度も見たはずですが、実際にその場に立ってみれば、初めて出会った景色のように新鮮です。
次に今回最初の訪問先である、シルクワークさんの工場内へ。

長く染織品の一大産地である十日町で「仕上げ」や「整理」と呼ばれる工程を引き受けていらっしゃるシルクワークさん。こちらでは絹ものの様々な作業工程を説明いただきました。
十日町は早くから工業化が進み、効率の良い仕事がなされていたそうですが、様々な大きな機械が動き、潤沢な水が流れる中、白生地の精錬から糸染め、湯のしや友禅流しなど多岐に亘る作業が黙々と行われていました。
絹もののお手入れにつきましては、地域毎の特性はさほど大きくないのではと想像しますが、麻については雪晒しを含め、古来から麻を知り尽くした産地ならではの知見があるのではとお話を伺いました。
説明してくださったのは、株式会社シルクワークの代表取締役を務める蕪木義男さん。
この書に学びました、とバラバラになるほどに読み込まれた3冊の分厚い長津勝治さんの著作をバイブルとして、80歳を超えるご年齢の現在に至るまでたゆみない努力を続けられ、染色関連の知識を積み上げていらっしゃいます。

株式会社シルクワーク代表 蕪木義男さん
こちらのお着物は、お手入れで真っ白に生き返った千葉あやのさんの作品です。
気候がどんどんと変化してゆく現代。例えば昨年は雪不足のため、雪晒しに必要な条件が揃わなかったとのこと。また後継者の問題もあり、今後はどのようなかたちでの対処が考えられているのかを、お尋ねしたいと思いました。
かつてのように雪晒しを専門になさる方がいらっしゃらなくなりましたが、重要無形文化財の指定要件として「雪晒し」が入っている以上は、この工程が消えてしまうことは考えられません。文化財の越後上布を生産していらっしゃる幾つかの工房でこの技術を維持なさっていることと思いますが、規模として縮小している現状、リユースの着物を扱っている私たちにとっては、今後の上布のお手入れはどうなっていくのか、という心配がありました
そんな折に入ってきた情報が、長く「上布のお手入れ」の研究をなさっている蕪木さんのことでした。
古来より麻の産地として栄えた地として、蓄積された知識、研究された科学的な資料を元に長年の試行錯誤の末、麻に最適な方法を編み出されたとのこと。3日間、弱アルカリ性の溶液に布を漬け込むことで自然に不純物が溶け出すのを待ち、最終的な仕上げとして短時間の雪晒しを行なうことで大きな成果を挙げていらっしゃいます。

よく晴れた午前中に雪に晒し、午後には取り込んで水洗いするという作業を一週間繰り返す従来の雪晒しのように、積雪量や天候に大きく左右されないこと、また全体を溶液に浸す方法ですので、絹ものの生き洗いと同様、反物のかたちに戻さなくてもお手入れが可能ということも、ユーザーとしてはうれしい利点ですね。

シルクワークさんでは、呉服屋さんや業者さんを通さず、一般の方からの直接の依頼にも対応くださるそうです。
越後上布に限らず、八重山上布や宮古上布など各産地の上布も集まってきていましたので、お手持ちの麻のお着物のお手入れにお悩みの方は、どうぞご連絡してみてくださいませ。
染織の一大産地である十日町で長くお仕事をなさっていらした会社です。麻に限らず、絹物の困りごとなどもご相談なさってみてはいかがでしょうか。
※ご連絡先は下記の通りです。
株式会社 シルクワーク
〒948-0046
新潟県十日町市明石町8番地
電話:025-757-1135
夏衣としてはこの上ない特性を備えた贅沢な着物…薄く繊細な表情ですが、本来麻は堅牢で水と親しい素材ですので、簡単なお手入れはお家でなさる方が多いかとは存じますが、シーズン後の洗いや黄ばみなど、いざという時に頼れる場所がありますと、より安心してお召しいただけますね。暑さ厳しい日本の夏、ぜひ上布を活躍させてくださいませ。
旅の続きは、次回に…
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